パンの焼成

 

1、生地の焼成についての概論

 

 ほいろ(第2次醗酵)を終えて、速やかに生地が変性する前に釜にいれて焼成を行う。食パンのように型に入れて焼くもの、ロールパンのように鉄板に載せて焼くもの、様々である。

 パン生地は、焼成によって、粘度状から多幸質のスポンジ状に変化する。この焼成によって、生地中ではさまざまな熱化学変化、熱物理変化が起こる、たんぱく質は熱をうけて硬くなり、でんぷんは熱を受けて固化膨張を起こす、この二つの作用が影響してスポンジ状のクラストと呼ばれるものを作る、この形成の過程ではカラメル化反応、アミノーカルボニル反応がすすみ、パン特有の香りが出る。

 

2、焼成工程における熱伝導についての考察

 

パンの釜での焼成は放射熱と対流熱と伝導熱の三つによっておこなわれる。

イ、放射熱

 おもに赤外線によるもので、熱せられた釜の壁より放射されるものでレンガ等のセラミック材質の壁であるならば、遠赤外線が放射され、直接生地中の水分に反応して速やかな焼成を行うことができる。

 

ロ、対流熱

 主に熱源より発生する上昇気流によって起こる釜内の対流によって生地の表面から熱を伝える方法である。最近では強制的にファンによって対流を起こし、生地表面の水蒸気の気化熱による、熱低下をふきとばし、焼成を速やかにおこなうレベント等の強制対流釜もある。

 放射熱は、パンの上面加熱してしまい、伝導熱は、生地の底面を加熱してしまいがちである。これにたいし、レベント等の強制対流釜はこれらの加熱むらが少なくパン全体に均一な理想的加熱を行うので、この形式のパン釜を導入する事業所がおおい。

 

3、焼成の温度変化の考察

 

 焼成の加熱温度は、一定で焼成する方法、低温から高温に変化させる方法、高温から低温に変化させる方法、がある。

 

イ、220度一定30分から35分焼成

一定で焼成する方法は一般的で失敗も少ない。

 

ロ、180度15分220度35分

低温から高温に変化する方法は、見かけ上ほいろの延長のようになり、生地がかまのびする。また、中心部への熱伝導が当然遅いので、かまのびが続いて、焼成によって硬くなった外皮部分を圧迫する、その結果、分厚いクラスト(外層)を形成する。当然、水分の抜け道がないので生地はしっとりと仕上がる。

 

ハ、260度10分210度15分

最初に高温で外皮を形成し、水分の逃げ道をなくすので、もっともしっとりとしたパンができる。また、焼成時間も短いという利点がある。

 

 

 

 

 

ハ、伝導熱

 生地というものは釜中の床に直接間接的に接するものであるが、接した底の部分から伝わる焼成のしかたである。

 

 

4,釜中での水蒸気の必要性

釜温度が190度から230度のばあい砂糖含有量の多い食パンのような生地は、低温で長時間焼成される。が

フランスパンの焼成には水蒸気が必要とされる。

その理由はフランスパンのように砂糖含有量が少ないパンは、高温短時間でやきあげるため、表面のクラスタの効果が比較的早く釜伸びの邪魔になる。この釜伸びを助けるために、水蒸気を添加してパン表面に薄い水の膜をつくり、クラスタをやわらかくしてかま伸びを助け、なおかつ、パン表面の焼き色の色つきをよくする。

 

5、釜伸びについて

かつて、終戦直後に存在したパン生地そのものを抵抗体として焼き上げる。電極型(ジュール熱利用型)パン焼きがまを用いて調べると、窯伸びについて、よく考察できる。そのん理由は、入力電力一定⇒パン生地の受ける熱量一定と考えられるからである。 

 さて、この方法で、パン生地の内部変化を考察してみよう。

 

生地温度が約50度になるまでは一気に温度上昇が見られるが、そこからは、温度上昇がゆっくりになる。その理由は、生地中の炭酸ガスが熱を吸収するからである。

生地温度が約55度なるまでゆっくりと上昇する。

生地温度が約60度になると澱粉の糊化がはじまり、さらにゆっくりとなる。

生地温度が約80度になるとアルコールや水分が蒸発し始めて、もっとゆっくりとなる。

生地温度が約100度になるまでもっともっとゆっくりと上昇してゆく。

 

 パン生地が70度付近で窯伸びはなくなる、その理由はこの温度付近で小麦澱粉の糊化が進み、

網目状のグルテン膜中に存在している、澱粉が糊化膨張して、グルテン中に水和状態で閉じ込められている水分を奪い、グルテン膜自身が縮小固形化するために釜伸び(いわゆるオープンスプリング)進まなくなると思われる。⇒パンの中に入って見てきていないので推測するだけで、誰にもわからない。

 このグルテン固化反応のおかげで、焼成後窯から取り出して冷却しても、窯落ちしないと思われる。なぜなら、液化酵素の一種であるアルファアミラーゼを入れて焼くと澱粉がデキストリンに分解されていわゆる澱粉の膨潤がなくグルテンの縮小するのを阻止できなかったために著しい釜落ち現象が見られるためである。

 

 ホイロ(二次醗酵)で十分に膨張されずにオープンにいれたものは、窯伸びが著しい。基本的にはホイロで8割窯で2割が良いといわれているが、よくできたフランスパン生地の場合、ホイロ6割窯4割という場合もある。

 

 もしホイロを過度におこなった場合、窯落ち現象を引き起こす、その理由は、窯伸びの原動力は炭酸ガスと温度上昇で気化したアルコールが半分ずつ受け持っているが、ホイロで薄くなったグルテン膜はその原動力を受け止めきれずに敗れてしまうからであると考えられている。

 それゆえ、フランスパンにおいては、生地中にトランスグルタミナーゼというSS再結合力のある酵素を添加し、さらに、窯伸びを助けるためにグルコアミラーゼという糖化酵素をいれて酵母の活動を助けるということをおこなえば、前述のほいろ6窯4の理想的フランスパンが仕上がるのである。

 

焼成時の生地の生化学反応についての考察

 

 窯に入ると生地は約40度から糊化を開始するこのとき生地は弾性粘性をうしない流動性のある状態に変化する。その理由は澱粉の糊化による変化よりも、酵素分解による液化の影響がおおきい。

 

澱粉の膨張と糊化が始まると前述のように、グルテン中の結合水や澱粉間の自由水が、半強制的に澱粉粒に吸収されてしまう。

 60度前後においても、変化しない澱粉粒も存在する。その理由は、パン生地にはでんぷんの膨潤に必要な大量の水分が存在しないため、十分な糊化膨潤状態に達しないためである。

 

 ここに澱粉を主原料にする食品において、その姿形状食感が大きく異なる理由が存在するのである。

例えば、

1、              ケーキの場合は、糊化、崩壊、の段階で砂糖と卵が固まって製品となる。

2、              ウェハースの場合は、一瞬にして圧力と温度をかけるので、崩壊、分散で製品となる。

3、              ビスケットの場合は、膨潤、糊化、崩壊、の段階で砂糖と卵が固まって製品となる。

4、              パンの場合は、膨潤、糊化、崩壊、分散、酵素分解、と組織中にすべての段階のでんぷんが存在する。

 

小麦でんぷん粒の特徴のひとつに、粒表面にたんぱく質の層を持っていることである。十分な水分が存在しない状態で焼成されたでんぷん粒は、表面が崩壊せずにそのままの状態を保ち、グルテン等の小麦蛋白と強く結合してパンのグルテン膜のガス保持力を強化している。⇒とうもろこし澱粉と小麦グルテンとをまぜてパンを焼いてもうまくふくらまない。

 

 ローラー挽き製粉時に出る損傷澱粉は、水をよく抱くが糊化する前にアミラーゼ酵素によってデキストリンになり吸着していた水を大量に放出する。この水は他のでんぷんの糊化に使われる。糊化にかんしては都合が好いが、焼く前の生地のガス保持力、ガス抜きがしにくく、都合が悪い。

 

 でんぷんの糊化は水分の量と温度と時間(でんぷんの8倍の水、80度、20分)によって決まる。たとえば、パンの皮の部分は、中心部よりも糊化の度合いが多い、これは、表面のほうが温度が高いためである。

 

 パンの形状からいえば、細長のフランスパンと型篭めの食パンでは、糊化の度合いに大きな差が出る。

1、          フランスパンの場合、焼成が始まって8分後くらいには中心部まで99度くらいになり、そのまま16分から20分その温度が維持される。その結果でんぷんの糊化がパン全体において理想的に進み、フランスパンの持つ優れた風味に寄与している。

2、          型篭め食パンの場合、中心部の温度が99度になるのに20分もかかり、なおかつ99度の保持時間が5分から10分しかない。その結果、糊化しないほぼもとのままのでんぷんが中心部では認められた。

3、          表皮の部分は、フランスパン、食パンともに、急激な温度上昇にさらされるので、糊化する前に固化(水分が蒸発することによって)するのででんぷん粒の形は変形するものの、結晶構造が残ったまま固まっている。

 

焼成時のグルテンの化学的変化について

 

グルテンは生地中において、約3割の水と水和している。水和した状態では、網目状に拡がりその中にでんぷんを抱いている。

 生地温度が60度付近になると、グルテンは熱変性を起こし、水分を遊離し始める。80度になると完全に放出して体積が小さくなる(約半分)。

 この60度から80度はでんぷんの糊化がはじまって完全に糊化膨張する温度でもあるので、パンの釜伸びと釜落ちを防ぐ現象となる。グルテン膜は、膨張を続ける生地の柱として支え、74度付近になると、グルテン膜は半固形化しでんぷん粒は膨張し、生地の膨張を助け、グルテン膜気泡はどんどん大きくなり薄く伸展する。一部は最後には破れてしまうが、そのときは固形化しているので、パンとして完成する。

 

釜伸びと酵素

 アルファアミラーゼは、でんぷん粒の膨張が始まる55度付近から、でんぷんをデキストリンに分解し始める。このデキストリンは味としては好ましくないので、グルコアミラーゼを添加し、ブドウ糖に糖化させ、甘味成分と成す、その反応速度は、10度上昇すると2倍になるが、80度付近になると不活性化し、90度を越えると死活してしまう。

 焼成初期では、酵素の添加効果は、生地を柔らかくし、進展性を向上させることと、パン生地中のデキストリンを増やすことその結果糖化することである。焼成後期にいたると、ベータアミラーゼは60度ふきんで死活し、アルファアミラーゼは80度付近で死活し、グルコアミラーゼは、90度付近で死活する。

そして、99度付近にいたるとすべての活動は停止しその役割を終える。

 

焼成中の水分移動について

 水蒸気の充満している釜の中で焼成すると、生地表面に水蒸気が凝縮して付着し、生地の釜伸びを助けるが、表皮が出来始めると水分は蒸発し、又、一部は内部に浸透してゆく、表皮から4ミリのところでの約5パーセントの水分値であるが、内部では約45パーセントになる。これは、生地を混捏するときの加水率と同じであり、非常にやわらかい。窯だし直後から、表皮に向かって移動してゆき表皮より蒸発する、釜からだして約1時間するとパン全体で約38パーセントの水分値に落ち着く。

 

パンの香りについての考察

 パンの表皮をさけ、内部を取り出してその香りをかいで見ると、イースト臭のするパン生地そのもののにおいである。

 パン特有の香りは表皮付近にあることが推察される。そのにおいの原因は、

1、              素の原料の香り

2、              イーストの醗酵生成物のかおり

3、              原料の物理的化学的変化の香り

4、              熱反応で生じた香り

 

に分類できる。

 

パン表面の着色における熱反応についての考察

1、              カラメル化反応⇒糖に加熱を加えることにより薄い黄色から褐色までの色に変わり、カラメル臭が出てきて、なめると苦味や酸味がある物質に変化することをカラメル化反応というが、表皮では、この反応が行われている。

2、              メイラード反応⇒別名アミノーカルボニル反応と呼ばれ、たんぱく質中の遊離アミノ其と還元糖との間で起こる反応で、最終生成物としてメラノイジン類が生じるものである。